シャーー

 "効率の良さ"を日頃から気にする本谷有希子は、今日の稽古場の床がツヤツヤのフローリングだったことを受け、「歩くよりもこの方が効率良いって!」と言いながら靴下でタタタタと走ってはシャーーっと横滑りしていました。ちょっと得意げです。「ほら、歩くより早いよ!(シャーー)やりなよ!(シャーー)」と誘われたのですが私は、メガネの奥から七割方死んだ目で「靴下が、汚れます」と忠告してしまいました。
 今日もまた母性が足りなかったな、と反省しています。

稽古前

 コンビニの飲み物コーナーで吟味していた私の背後に本谷有希子が軽い足取りで近付いて来て、「今日はかっこいい飲み物にしよーっと!」と言いながら午後の紅茶ストレートティをサッと手に取りました。「どお?」とちょっと得意げに見せびらかされたのですが、私は「わぁーほんとかっこいい飲み物だねー」と褒め上手の母親みたいに微笑んでは対処できず、メガネの奥から半ば死んだ目で「すごく、普通です」と言ってしまいました。
 母性が足りなかったな、と反省しています。

優しさ

 今日の稽古は、馬渕英里何さんと出演三回目の吉本菜穂子さんのシーンから始まりました。お二人は演出に着々と応えていき稽古は順調に進んでいましたが、ふと、吉本さんの履いてる稽古着ズボンが10分前よりも下にずれていることに気付きました。しかし、「ヒップで履くのが吉本さんなりのオシャレなのかもしれない」と思い黙っていました。が、吉本さんが動くにつれて徐々にズボンはずり落ちていきます。それでも私は「衣服のルーズさを楽しんでいるのかもしれない」と気を回し触れないでおきました。
 その後もズボンはずり落ち続け、かろうじてお尻のふくらみに引っ掛かって安定したのもつかの間、「あっ!」となる所まで最終的にずり落ちきりました。
 聞けば私以外にもみんな本人に言おうか言うまいか迷っていたらしいです。でも大人としての距離感を測ってしまったのだろうね。結果、誰一人指摘しなかった。

 そういえば以前、初対面の役者がズボンのチャック全開で稽古してて、みんな気付いてるんだけど「指摘することで逆に恥をかかせちゃうかも」みたいに遠慮して全開のチャックを放置し続けたことがありました。今思うとその方が残酷だよな。

 優しさって難しい。

顔合わせ

 稽古場に一番乗りして机や椅子の準備をしていると、二番目にやって来た馬渕英里何さんがさり気無く手伝ってくれました。ひっそりとした地下の稽古場で、馬渕英里何さんと二人、ガチャガチャと音させて椅子運びです。美人が労働。ドキドキしちゃいました。

 その後、時と共に役者や関係者がぞくぞくと集まってきました。「ご挨拶遅れまして(名刺交換)」といった社交に慣れた挨拶がそこここで交わされ、稽古場に薄い緊張が漂う中で読み合わせが始まりました。本谷有希子は利き手の左手を終始動かしています。肘から先を45度の角度で振っているのです。どうやらセリフのタイミングと連動しているようです。しかし、ペンを握っているのでたまに刺さるんです、左隣の私に。この人と食事に行くと箸も刺してきます。

 読み合わせ後、台本の説明を軽く行いました。キーワードは「暗い」です。

ご挨拶

こんにちは。このページでは、演出助手の私が「乱暴と待機」の稽古過程を日々観察し皆さまに報告していきます。
と今書きましたが、演出席にいると稽古風景もさることながら横に座っている本谷有希子が視界にちらついて気になってしまうのも事実です。だってやっぱすごく興味深いんですもん。
この興味深さを「もっちんらしさ」として皆さまにも知っていただきたい。
という事で改めまして、このページは(主に)本谷有希子観察日記とあいなりました。どうぞよろしく。